僕が間違って使った日本語表現

要約

 僕は「姑息」「謹製」「蛇足」などの言葉の意味や用法を間違えていたことがあります。

はじめに

 日本語について軽い話題を書いてみようと思います。僕は「しかめ面しい」という言葉を見るとしかめ面になったり、コンビニのレジで「1,000 円からお預かりします」と言われると今でも違和感を覚えたりする程度には日本語にうるさい人間です。でも、日本語にうるさいからといって日本語をよく知っているわけではないところが、勉強不足というか身勝手というかイタいというか。

 「正しい日本語表現とは何か」といった大上段の話題もあるのですが、ちょっと話題が大きすぎておいそれとは書けません。考えてみると、以前僕は間違いと思うことなく使っていたけれど、今では間違いだと思っている表現というのがいろいろあります。理由はいろいろです。言葉を間違えて覚えていたり、正確に理解していなかったり、自分の意識が変わったり。そういう表現をリストアップしてみるのは面白そうです。

 ということで、思いついた表現のリストです。

姑息

 時代劇で、悪代官が自分の企みを主人公の流れ者に妨害されて一言。「うぬぬ、コシャクな奴!」

 「姑息」は「コシャク」と音が似ている上、「姑息な手に頼るのは良くない」のように悪いこととして使われることが多いので、二つが別の言葉だということに気付いていませんでした。「姑息 (こそく)」はその場凌ぎのこと、「小癪 (こしゃく)」はどことなく癪なことで、まったく別の言葉です。

謹製

 お菓子の箱に「△△堂謹製」などと書かれていることが多いためか、「謹製」という言葉を「丁寧に作る」という意味だと勝手に思い込んでいました。それで、人が作ったソフトを紹介するときに冗談めかして「○○さん謹製のソフト」などと言っていたのですが、友人に「謹製」は謙譲語だと指摘されてしまいました。「謹んで」作るのだから、文字通り解釈すれば謙譲語に決まっています。他人の行動に謙譲語を使うのはもちろん間違いです。アイタタタ。

蛇足

 僕は文章の最後に「蛇足ですが」と言って話を付け足すことがよくあったのですが、「蛇足」という言葉の意味を考えると、これはどうも場合によっては変なような気がしてきました。

((昔、中国の楚 (そ) の国で、蛇の絵をはやく描く競争をした時、最初に描き上げた者がつい足まで描いてしまったために負けたという「戦国策」斉策上の故事から)) 付け加える必要のないもの。無用の長物。 (デジタル大辞泉、小学館)

 この人はちゃんとした蛇の絵を最初に描いたのに、余裕をこいて蛇には本来ない足を描いてしまったので、「これは蛇の絵ではない」と判定されて負けになってしまったのです。余計なことをしなければ優勝していたのに、余計なことをしたせいで台無し。

 そう考えると、もともと大したことを言っていない文章の最後に「蛇足ですが……」と付け加えるのはどうもおかしいように思います。そんなわけで、この用法はほとんどしなくなりました。たいてい「余計なことですが」と言うか、単に「ところで」と書くか、あるいは本当に余分だと思ったら言わないか、どれかですね。

 でも、大辞林にはこの意味も載っていますね……。

(1) 〔ヘビの絵を早く書き上げる競争で、早くできたものが蛇に足を描き加えて失敗したという「戦国策 (斉策上)」の故事から〕 余分なもの。不要のもの。なくてもよいもの。
(2) 自分の付け足しの言葉をへりくだっていう語。「―ですが、最後にひと言」

(大辞林 第二版、三省堂)

 うーむ。きっともとは (1) の意味だったのが、徐々に用法が拡大して (2) の意味でも使われるようになったのではないかと想像しますが、確かめるにはまず各々の意味でいつ頃から使われるようになったかを調べる必要があるでしょう。日本国語大辞典 (小学館) などの大きな国語辞典を見れば載っているものでしょうか。

くちい

 小説の中で「腹がくちい」という文が出てくるのを見て、知らない言葉なのに、これは「腹が減っている」という意味だと勝手に想像して辞書も引かずにわかった気でいたのが失敗でした。

 後になって別の小説で、食事を終えた人が「さて、腹もくちくなったし、話があるなら聞くよ」とか言うのを読んで、「どうして今食べたばかりなのに腹が減るんだ。……ひょっとして僕、何か大きく間違えている?」と思って辞書で「くちい」を引くと、そこには驚愕の事実が! (事実に反することを勝手に想像して、事実を知って勝手に驚いただけですが。)

 再び元の小説を見てみると、たしかに空腹よりも満腹という意味の方が筋が通っていました。ただ「寒い」という表現と同時に出てきたから空腹だと思い込んでしまったのです (言い訳です)。

 なお、「くちい」 (の正しい意味) とは反対に空腹であるという意味の形容詞には「ひもじい」があります。

グロッキー

 「グロッキー」というのは、酒に酔ったり疲れたりしてふらふらになっている状態のことです。ところがいつだったか、読んでいる英文の中に groggy という英単語が出てきました。大辞林第二版で「グロッキー」を引いてみると、この語は groggy からきていることがわかりました。であれば本来の形は「グロッギー」だということになります。

 英語では「ギ」の前に無音の時間を作る必要がないので発音できるのですが、日本語で「グロッギー」という語を発音するのはなかなか困難です。発音しにくい語が発音しやすい形に変化するのはよくあることで、「グロッキー」が日本語として正しいか間違いかというのは一概に判断できませんが、僕はてっきり grocky とか glokky とかそんな英単語があるのだろうと思っていたので驚きました。

 なお、 groggy というのは強い酒を意味する名詞 grog の派生語です。

 ところで、 groggy を goo 辞書の EXCEED 英和辞典で引くと「グロッーになった」という訳語が出てくるのがちょっと面白いです。

摘示

 名誉毀損罪とは、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」する罪です。ここでは「摘示」というのは単に示すことのようです。この「摘示」が、 Office IME 2007 では入力できません。「てきじ」の漢字変換の候補は「適時」しかないのです。これだからマイクロソフトは……。

 でも、万が一ということもあるので、国語辞典で読み方を確認しました。デジタル大辞泉大辞林 第二版を見ると、「てきじ」ではなく「てき」と書いてありました。すみません、悪いのはマイクロソフトではなく僕でした。

 気を取り直して、「てきし」と入力して変換してみると、「敵視」、「適し」、「適視」。あれれ、やっぱり「摘示」は出ません。これだからマイクロソフトは……。

 本題とは無関係ですが、「てきし」の変換候補として出てきた「適視」という言葉は Yahoo! 辞書に載っていません。ウェブで検索してみると、テレビのカタログ等で「適視距離」 (映像を見るためにテレビ等から離れるべき距離) 「水平適視範囲」 (映像を見ることができる範囲の水平方向の角度) といった形で使われる言葉のようです。

2006 年 12 月 23 日公開、 2008 年 4 月 23 日最終更新。著者: fcp / このサイトについて